新倉山浅間公園

富士吉田市の新倉山中腹に広がる新倉山浅間公園。麓に新倉富士浅間神社が鎮座し、山腹に立つ忠霊塔(五重塔)越しに富士山を望む眺望は、富士吉田を代表する景観として広く知られている。

新倉富士浅間神社は、戦国時代にこの地を治めた武田氏の崇敬を受けた社である。天文二年(一五三三年)には甲斐国の領主・武田信虎——信玄の父——が扁額を奉納したという記録が残る。富士北麓は甲斐武田氏にとって駿河との国境地帯であり、浅間の社々は軍神としても崇められた。

特筆すべきは、この神社のかつての別当寺・正福寺が、富士山八合目に山小屋を所有し、登拝者の世話を行っていたことである。新倉の社寺は吉田口登山道の中腹から上部において実質的な管理権限を持ち、麓の集落と山頂域とを信仰の上で直結させていた。新倉山から望む富士の姿は、単なる遠景ではなく、この地の人々が実際に登り、守り、生計を立ててきた信仰の山そのものだったのである。

忠霊塔は戦没者慰霊のため昭和期に建立されたもので、春には桜が山腹を覆い、塔と富士が一望に収まるこの場所には、国内外から多くの人が訪れる。眼下に広がる富士吉田の街は、かつて御師の宿坊が軒を連ねた吉田口登山道の門前町である。塔の朱と富士の白嶺を同じ視野に収めるとき、この景観の足元に数百年の登拝の歴史が積み重なっていることに思い至る。