忍野八海
忍野八海は、富士山の伏流水を水源とする八つの湧水池の総称である。富士山に降った雨や雪は溶岩層に染み込み、不透水層である古富士泥流の上を伏流水となって流れる。かつて忍野村一帯には「宇津湖」という巨大な湖があったが、噴火により分断され、やがて水が抜けて干上がった。その湖底にあった湧水口が、現在の八つの池として残ったものである。
八つの池にはそれぞれ性格がある。八海最大の出口池、釜の湯が沸くように湧くお釜池、落とし物がお釜池に出るという伝承を持つ底抜池、間欠的に湧く銚子池、湧水量最大の湧池、汲めば澄む濁池、風のない日に富士を映す鏡池、悪病を治すと信じられた菖蒲が自生する菖蒲池——いずれも富士の水の恵みの結晶である。
江戸時代、富士講指導者・食行身禄の教義に基づき、登山前に水垢離を行う「元八湖(内八海)」の巡礼が確立された。天保十四年(一八四三年)には富士講の大寄兌孝らが池を整備し、それぞれに八大龍王を祀る石碑を建てて巡礼地として再興した。白装束の道者たちは八つの池を巡って身を清め、富士山と一体になることを願ったのである。
二〇一三年、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録された。観光地としての賑わいの奥に、富士山の水神信仰と富士講の巡礼の記憶が今も水底に揺らめいている。澄みきった水を覗き込むと、その透明度の先に、この水を聖なるものとして崇めた人々の眼差しが重なって見える。





















