山中湖

富士山の東麓に広がる山中湖は、富士五湖のうち最大の湖である。湖面から望む富士は季節と時刻によって刻々と表情を変え、その姿は古くから人々を惹きつけてきた。

この湖の成り立ちは、富士山の噴火史と分かちがたく結びついている。約二千年前、剣丸尾溶岩流が当時存在した巨大な「宇津湖」を分断し、その東側が現在の山中湖となったと考えられている。富士山の活動が生んだ湖が、やがて富士山を拝む聖地となったのである。

富士講の修行には、山麓の八つの湖沼を巡って水行を行う「内八海巡り」の巡礼習俗があり、山中湖はその筆頭に位置づけられることが多かった。江戸から富士を目指した講中の行者たちは、湖水に身を浸して水垢離を取り、六根を清浄にしてから登山道へと向かった。湖はただの風景ではなく、登拝の作法に組み込まれた霊場だったのである。また湖の東岸の平野は、鎌倉街道が通過する交通の要所であり、駿河と甲斐・関東を結ぶ往来の歴史を刻んできた。

こうした信仰の歴史と、湖面に映る富士の景観美の双方が評価され、山中湖は世界文化遺産「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に登録されている。早朝、靄の晴れていく湖面の向こうに現れる富士の姿には、かつての行者たちが湖畔で手を合わせた心持ちが、いまも重なって見える。