北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社は、富士山吉田口登山道の起点に鎮座する。伝承では、日本武尊が東征の帰途に富士山を遥拝した旧跡「大塚丘」に小祠を建てたことに始まり、延暦七年(七八八年)に社殿が現在地に建立されたと伝わる。確実な史料上の初見は文明十二年(一四八〇年)の鳥居建立の記録である。

この地はもともと産土神を祀る「諏訪の森」であり、浅間神社よりも諏訪神社の方が古い。毎年八月二十六・二十七日に行われる「吉田の火祭り」(鎮火大祭)は、もとは諏訪明神の神事であったものが富士山の噴火を鎮める信仰と結びついたもので、今日では日本三奇祭の一つに数えられる。

江戸時代、庶民の富士講が隆盛すると、この神社は関東方面からの登拝拠点として爆発的に繁栄した。門前町には多くの御師が居住し、講員の宿泊・祈祷・登山の世話を一手に引き受けた。境内の大鳥居は俗界と富士山の神域を分かつ第一の境界と意識され、白装束の道者たちはここをくぐって山頂への長い道を歩き始めたのである。

杉の巨木に囲まれた参道、桃山様式の華麗な社殿、そして本殿脇から始まる吉田口登山道——境内の構成そのものが「ここから富士山が始まる」ことを示している。二〇一三年、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録された。