二ノ宮浅間神社

富士宮市(旧大宮郷)の小高い丘に鎮座する浅間社である。「二ノ宮」の名は、祭神が浅間大神(木花之佐久夜毘売命)の第二の御子神であることに由来する。大宮郷の浅間社は浅間大神を母とする「神の家族」として組織されており、若之宮(一王子)に次ぐ序列を持つこの社は、浅間大社の祭祀ネットワークの中で重要な位置を占めてきた。

創建年代は不詳だが、古くから浅間大社の「年中七十五度」の祭礼に組み込まれており、戦国時代の天正五年(一五七七年)の「富士大宮御神事帳」にもその名が見える。正月元旦の歯固の儀式や四月・十一月の例祭において重要な役割を担い、かつては本宮の社人である「四宮仕」がその祭祀を世襲で兼務していた。一社で完結する神社ではなく、大社を中心とした祭祀圏の一部として千年近く生き続けてきた社なのである。

境内には富士山から流出した溶岩が露出している。富士山の噴火を鎮めるために溶岩流の末端部へ神社を建立するという、大宮郷特有の立地である。荒ぶる「火」の力が尽きる場所に御子神を祀り、湧水をもたらす「水徳」への転換を願う——浅間信仰の基本構造が、この小さな社の立地にも貫かれている。

丘の上の静かな境内に立つと、社名と溶岩と祭祀の記録が、すべて一つの体系の中で結び合っていることに気づく。大宮郷が「浅間大社の町」であることの意味を、足元から教えてくれる場所である。