ときわ台天祖神社
東京都板橋区ときわ台に鎮座する天祖神社。その境内の一角に富士山遥拝所が設けられており、毎年七月、富士山の山開きに合わせて「冨士祭」が執り行われる。写真はその祭典の模様である。白装束に身を包んだ行者が遥拝所の前で神事を執り行い、地域の氏子たちが参列して、はるかな富士の山霊に祈りを捧げる。
江戸時代、現在の板橋・豊島一帯は富士講がきわめて盛んな土地であった。中山道の板橋宿は、吉田口(北口)の御師にとって重要な檀那場(信者圏)であり、御師田辺家(小瓶子屋)が十条や金井窪(現在の板橋区内)などに講社を組織していた記録が残る。また富士山の御師たちは、六十年に一度の庚申縁年などの折に、登山を勧める「建札」を諸国の街道筋に掲げたが、寛政十二年(一八〇〇年)や安政六年(一八五九年)の縁年には板橋宿にも建札が立てられたことが史料に見える。江戸近郊の宿場町として、板橋は富士登拝の勧誘と出立の拠点だったのである。
富士講の道者たちは、白衣・白襷・白鉢巻に菅笠という白づくめの清浄な姿で山に向かい、「六根清浄」の山念仏を唱えながら登った。五感と心を浄めて神仏と同化するというこの習俗は、信仰の作法であると同時に、夏の日差しを避け、万一の遭難時に発見されやすいという実用も兼ねていた。
明治以降、多くの富士講が衰退するなかで、この地の信仰は天祖神社の冨士祭という形で受け継がれた。白装束の行者と氏子が遥拝所の前に集うこの祭典は、江戸の人々が富士に寄せた信仰の、東京に残る数少ない生きた継承である。


























